リオの地に和の花咲く
リオ五輪開閉会式に出演した日本人
サンバダンサー
工藤めぐみ
文・写真 HIROYUKI CHIBA
2016年夏、サンバの街ブラジル リオ・デ・ジャネイロで南米初のオリンピック・パラリンピックが開催。 競技と共に注目されるオリンピックの開会式には、一人の日本人女性の姿がありました。 工藤めぐみさん ― 日本からリオのカーニバルに出場を続けているサンバダンサーです。 現地の人々の中に飛び込み、リオ五輪を共に盛り上げ、次の東京へつなげるメッセージを発信。 リオと東京の架橋となるために情熱を傾けた熱き3か月について工藤さんに再びお話をうかがいました。
リオでのオーディションに合格!五輪開会式へ
国の総力を挙げて披露するオリンピックの開会式。自国開催ならまだしも、他国で開催されるオリンピックの開会式に出るなんて、どうやったらできるのでしょうか。実現させたのは、工藤めぐみさんのリオへの愛と行動力でした。
「リオの次のオリンピックが東京に決まった時から、日本とブラジルの架橋になるために何かやりたいとずっと思い続けていました。ブラジルにいる友人から開会式のダンサーオーディションがあると聞き、日本からエントリーしました。オーディションでは「リオと日本の架橋になりたい」という気持ちを伝えました。2015年の12月にオーディションを受けて、2016年の2月に合格したことを知らされました。ただ、開会式の内容はトップシークレットということで、その時はまだ自分が何をするのかはわかっていませんでした。最初の練習が、5月27日から始まると連絡を受け、渡航しました。本番までに24回の練習があり、1回の練習は6時間から8時間でした。
滞在中は、カーニバルで所属しているサンバチーム「サウゲイロ」のショーにも呼んでもらっていたので、そちらにも出ていました。開会式の練習を午後1時から9時までして、練習後に友人の部屋でシャワーを浴びさせてもらい、サンバのメイクをして11時からのサウゲイロのショーに向かうという生活で、体力的に結構きつかったです。オリンピックが始まる前は、リオについてネガティブな報道を多く耳にしたので、実際はもっとこんな楽しい面もあるということも伝えたいと思い、帰宅後はブログに現地の様子を書いていました」
数か月間のリオ滞在は毎年のカーニバル出場の際に経験している工藤さんですが、今回はオリンピック開催期間という特別な時期の滞在だった為、いつもとは違う街の様子や人との交流があったそうです。
「今回は滞在の前半はサンバを切り離して、色々体験してみようと思っていました。サンバで行くのとは違う他のファヴェーラ(貧困地区)に行ってみたり、初めてイパネマやコパカバーナの近くでルームシェアをしたり、いつもとは違う生活でした。今回は改めてリオを見た気がします。
街には警察官がたくさんいました。日本からの報道陣も大勢来ていて、それまで日本人をそんなにリオで見ることはなかったので、いつもとは違う雰囲気でした。他の外国人もたくさんいて、英語が飛び交っていました。私の住んでいた近くにフランス人の経営するカフェがありましたが、そこにはフランスの報道陣や選手などが集まっていました。
サンバで関わる人たちとは違う人たちと仲良くなれたことも、今回の滞在で大きな部分でした。私たちのダンサーチームには体育大学の学生など色々な人がいましたが、集まったメンバーはみんなオリンピックを盛り上げようという一心でした。何回も練習を重ねるうちに絆も強くなり、通しのリハーサルの時には泣いている人もいました。 『絶対盛り上がる!』 と、とにかく前向きな気持ちの人たちで、懇親会もして、とても仲良くなれました。」
そしていよいよ開会式本番を迎えます。リオ五輪開会式の演出を担当したのは、映画「シティ・オブ・ゴッド」の監督フェルナンド・メイレレス氏。開会式が行われる時間は、日本では広島に原爆が投下された時間に重なっていました。IOCの規定により黙祷を捧げる案は実現に至りませんでしたが、メイレレス氏は日本への思い、平和への祈りを演出に込めました。日本時間8月6日午前8時15分、リオ・デ・ジャネイロのマラカナンスタジアムに工藤さんが立ちました。
「私の入ったチームは、25人で日系移民の歴史を表現する役割で、衣装は日の丸がモチーフにされていました。日本や広島の事を考えてくれているというのを聞いていたので、ありがたいことだし、大役だと感じていました。
当日は14時ごろ集合して、すぐにメイクをしてもらって、それから本番までの数時間は仲間たちと写真を撮ったり、『次の東京の時はメグの家に泊めてね』などと話をしたり、思い出に残る時間を過ごしていました。大会前はリオの様々な面が不安視されていましたし、練習をやっていても不安はありましたが、本番はきちっと合わせてうまくやる。それがブラジル人の気質なのかわかりませんが、通しのリハーサルを見て感動しました。
サンバの時は笑顔で踊りますが、今回の役では笑顔は少し違うと思い、凛として踊ることを意識しました。8万人収容のスタジアムなので、ものすごく多くの視線を感じました。すごい場所で踊らせてもらっている感謝の気持ちと、ここに日本人もいるから見て欲しいという気持ち、そして出演者が楽しめばお客さんも楽しんでくれるだろうということなど、色々なことを考えて踊っていました。開会式の最後に出演者が全員で踊る時には、思いきり楽しもうという気持ちで、感情も露わにしてみんなで盛り上がりました。サンバもたくさん踊って、気持ちが良かったです。ブラジル人も海外から来た人も、今回出会った人たちは特別な友人です。そういった交流は今回リオに来たからこそ出来たことなので、良い経験になりましたし、本当に来て良かったと思いましたね」
リオと日本の架け橋に ~感謝と感激のステージ~
開会式後も競技の観戦、そしてもう一つの大役を担うために工藤さんのリオ滞在は続きました。 「TOKYO2020 JAPAN HOUSE」という次の開催地である日本の魅力をアピールするブースでのステージと、東日本大震災時の支援に対する感謝と復興を伝えるため東京都が主催した「TOHOKU & TOKYO in RIO」への出演です。長年、「リオと日本の架橋になりたい」と思い続けてきた工藤さんにとって、念願のステージになりました。
「開会式が終わったあと、いくつかの取材を受けて朝の6時ごろになりましたが、9時から始まるバレーボール女子の試合を見に行きました。その後も、水泳、体操、テニス、柔道と観戦して日本人選手が次々とメダルを獲得する場面を身近に見ることができて感動の日々でした。少しでも日本人の応援が届けばと思い、精一杯応援を頑張りました。
開会式はサンバではありませんでしたが、8月17日と18日に行われた2つのステージではサンバを躍らせていただきました。JAPAN HOUSEのステージでは最後はブラジルの方、世界から集まってきていた会場の皆さんと全員手をつないで輪になって踊り、すごく盛り上がりました。その翌日に開催された「TOHOKU & TOKYO in RIO」には、私自身が神戸で阪神淡路大震災を経験したのをきっかけにサンバで元気をもらって、今はサンバで皆さんに元気を与えられるように活動していることを知っていただけたご縁があり、呼んでいただきました。なぜ私が今ここにいるのか、「次の東京にもぜひ来てください!」ということをお話しさせていただきました。リオで次の2020年につながることをさせていただいて、まさに自分のやりたかったことなので、感激しました」
「TOHOKU & TOKYO in RIO」では神戸で所属するサンバチーム「ブロコ フェジョン・プレット」のメンバーと共に出演、日本人のみのチームがリオ・デ・ジャネイロでサンバショーを行うのはおそらく史上初とのこと。19歳の頃からインストラクターとしてサンバを教えてきた立場としても、生徒たちと共にリオでショーを行ったことは格別の思いであったと言います。
「一緒に来たメンバーも10年以上やっているダンサーたちなので踊りには自信がありましたが、自分だけではないいつもとは違うプレッシャーと、リオの文化として根付いたサンバを日本人だけでやることでどう受け止められるのか不安はありました。でも実際はとても喜んでもらえて、誇らしかったです。メンバーたちも良い経験をさせてもらったと言って喜んでくれたので、周りを巻き込んで出来たというのは本当に嬉しいことでした」
着物風にアレンジした衣装
この後も当初の予定になかった8月21日の閉会式にも出演。サンバショーとの合間に衣装の採寸や練習に参加するなどハードな日程をこなし、8月27日に日本へ帰国、約3か月の滞在を終えました(パラリンピックの観戦を希望するもビザの期限があるため断念)。帰国後もすぐに日本でのショーに出演、忙しい日々が続きます。
閉会式はブラジルカラーの衣装
海外に出てこそ分かる日本の良さ
2016年は、毎日放送『情熱大陸』やリオ五輪関連番組などマスメディアへの出演が増え、リオ五輪と共に工藤さん自身にも注目が集まりました。リオ五輪が終わった今、これから何を目指すのか、2020年の東京へ向けてリオを経験した立場から何を思っているのか伺いました。
「今回リオでオリンピック・パラリンピックがあって、『リオ=サンバ』というイメージがあるので、色々と取り上げていただきましたが、9歳からサンバを始めて20年以上経って、本当にやっと日の目を見るというか、やっと伝わったなぁという気持ちです。ブログに『工藤さんを見て私も東京オリンピックで何かやってみたいと思いました』というメッセージをいただいたり、フェジョン・プレットに新しいメンバーが急に増えたり、サンバを見てもらえるきっかけになったと思うのでありがたいです。
私が出ているから開会式を見たと言ってくれる方もいて、自分の存在が日本の方の目をリオに向けさせたと思うと、とても嬉しいです。今回オリンピックに関わらせていただいてとても楽しかったですし、次は日本の東京でまた開催されるのかと思うとワクワクして仕方がありません。リオでのオリンピック・パラリンピックでこれだけ楽しかったのだから、自分の国で開催されるのはさらに嬉しいですね。海外を経験したからこそ、日本の良さがわかったので、日本の良いところをたくさん見て欲しいと思っています。ブラジル人は自分たちでもブラジル国旗を彩った服や「I ♥ RIO」というTシャツを着るくらい自分の国や街が好きな気持ちを出しているので、日本でもそれくらい出していいのではないかと思います。リオも東京も準備段階ではネガティブな報道も出ますが、実際その時を迎えたら絶対良いものができると確信していますし、私には楽しみしかないです。自分のできることで今からでもすぐ盛り上げていけたらいいなと思っています。
自分が滞在した経験からは、Wi-Fiがもっとどこでも使えるようになればいいなと思います。私も道の案内表示がわからなくて困ったので、そういう時に外国人にとってはWi-Fiにつなげて調べたり連絡を取れたりすると、とても便利です。今だとリオの方が日本よりもWi-Fiが普及しているくらいですが、携帯電話を道端で出していても盗られることのない日本でならもっと便利に使ってもらえるのではないでしょうか。ブラジルにいる間、何度も「日本は良い所だよね」って言ってもらえていたので、オリンピックを機にたくさんの人に日本に来てもらうと、その輪がもっと広がっていくと思います。
自分の今後については、やりたいことがたくさんあって困るくらいです。以前からリオの日本人学校で講演やサンバのレッスンをさせていただいていましたが、その学校の先生だった方が今は東京都のある中学校の副校長先生になられていて、そのつながりで3月に日本に帰国した際、オリンピックに関連した教育のモデル校の取り組みとして学校に呼んでいただきました。そこで自分が10代で海外に出て経験したことをお話させてもらいました。4年後には成長して活躍するであろう彼らに向けて、海外に出る良さを伝えることをこれからもたくさんやっていきたいと思っています。
サンバダンサーとしては、リオで所属しているサウゲイロの師匠が年々厳しくなるので、自分の居場所を得るためには努力を続けないといけませんが、あの場所にいさせてもらえるのはとても幸せなことです。日本では派手な衣装が注目されがちな従来のサンバに対するイメージがありますが、もっとアスリートの部分があることに注目してサンバを知ってもらいたいので、地元の神戸以外にも活動の幅を広げていけたらと考えています」
最後に、読者の方々へのメッセージをいただきました。
「海外に出ると、海外の良さも分かりますが、同時に日本の良さも分かります。私もリオへ行って、日本って本当に良いなと思えました。日本にいたら不満に思うことも海外へ行ってみたらとてもちっぽけなことで文句を言っていたなと思うこともありますし、やはり世界全体を見たら日本は平和な国で、日本では当たり前のことが海外では当たり前のことではありません。皆さんにもぜひ海外へ行って欲しいです。海外へ行ったらきっと『日本っていい所だよね』と言ってもらえると思うので、その時はぜひ日本の良さをもっともっと伝えてください」
Profile
工藤めぐみ/Megumi Kudo
9歳よりクラシックバレエを基礎にサンバを始める。10代でダンスインストラクターになると共に、19歳で単身、本場ブラジルへ6か月間の修行に出る。SAMBAスペシャルチーム 「G.R.E.S Portela」「G.R.E.S Tradicao」のオーディションに合格し、パシスタ(少数のトップダンサー)としてリオのカー二バルに出場。
2008年秋、同じくスペシャルチームの中でも人気高い「G.R.E.S. Academicos do Salgueiro(サウゲイロ)」のパシスタに合格。2009年のカー二バルでは日本人パシスタとしては史上初、チーム優勝に貢献。サウゲイロ16年ぶりの優勝に華を添えた。その後、2010年、2011年、2013年、2014年、2015年、2016年とリオのカーニバルにSalgueiroのパシスタとして出場。2014年、2015年はチーム準優勝を果たす。また、同チームの選抜で構成されるショーメンバーとしても唯一の日本人として活躍中。
帰国時は、活動拠点の神戸にてダンス教室「MEGUサンバダンス」を主催し、神戸のサンバチーム「BLOCO Feijao Preto(ブロコ フェジョンプレット)」のダンサーリーダーを務め、精力的に活動中。神戸まつり、浅草サンバカーニバルなど数々のイベント、ショーに出演。BLOCO Feijao Pretoは「サンバフェスタKOBE」で6年連続最優秀賞を受賞。
2016年リオ・デ・ジャネイロ オリンピック開会式、閉会式に出演。 同地での「TOKYO2020 JAPAN HOUSE」「TOHOKU &TOKYO IN RIO」に出演。
主なメディア出演
2016年1月 NHKサンデースポーツリオ五輪特集出演
2016年2月 毎日放送『情熱大陸』出演
2016年5月 日本テレビ『ナカイの窓』出演
その他リオ五輪関連番組多数
♪ブログ 「O Samba é Minha Vida!! サンバな人生 fromRIO」
※インタビュー当時
Editor's Note
最初のインタビュー以来、工藤さんと再び直接お話をしたのは2016年の5月に開催された神戸まつりの会場でした。工藤さんの日本での所属チーム「フェジョン・プレット」の出番が近づくと、音楽隊「バテリア」がリズムを奏で、「フェジョン、プレット! フェジョン、プレット!」とチームのみんなが掛け声をあげて盛り上がる中心に工藤さんの姿を見ました。リオでの厳しい修行と本番のカーニバルを経験してきた工藤さんが、日本でも変わらず情熱的にチームを鼓舞している、その姿に感動したのを覚えています。ー本場のサンバを日本に伝えたいーそう言っていた前回のインタビューから1年近くが経って、情熱大陸出演があったり、リオ五輪開会式出演が決まって注目されることが多くなっていましたが、色々な変化はあっても、工藤めぐみさんはその言葉の通り、日本でも全力を捧げてとても輝いていました。リオ五輪開会式の練習に参加するためにブラジルへ渡航する直前のことです。